Complete text -- "平成クロマチック鍵盤"

28 October

平成クロマチック鍵盤

artist file "tanebito" #09 [2/3] 
菅野 邦彦 さん(Jazzピアニスト)

ピアノの音が大好きだったんです。
兄貴は2年半鍵をかけて僕には触らせてくれなかった。
僕は壊し屋で有名だったの。


___スタートはクラシックピアノからだったそうですね。

 ピアノの音が大好きだったんです。兄貴が親父に頼んで買ってもらって、英国のピアノでした。当時、100円札でリンゴ箱2箱くらい。80万かな。
 僕には親父に買ってもらうような力はなくて、兄貴は2年半鍵をかけて僕には触らせてくれなかった。僕は壊し屋で有名だったの。(笑)どうして電気がつくのか、根本が納得できないと気が済まなくて、僕は電池まで分解した。
 音楽は大好きですし、ピアノの音なんて最も好きな音ですから。クラシックを2年半習ったんだけど、あの鍵盤では無理だと分かったわけ。
 音って、高い低いは一直線上にしかないんです。ベースはフレットが無いけれど、一直線だから音が探れるんです。トロンボーンもそう。高い音になると狭くなるけれど、一直線だから、キーが変わっても結局は同じことを演っている。それが、ピアノの鍵盤ときたらジグザクしているし、デコボコしていて、しかも黒鍵の間の白鍵は重い。これは、どんなことをしても到底無理な訳ですよ。
 そんなことが子どもの頃に分かっていたから、もう2年半で先に行けなかったですね。だから、こんなもの(独自に考案した完全にフラットな鍵盤)を作った訳ですよ。

___凄い鍵盤ですね、これは!

 是非やってくださいよ! 今からやったら、どなたでも、大変な大先生になっちゃう。
 皆さん、やっぱり先入観なんでしょうか。やらないもの。プロはやらない。下手になっちゃうと思うのかな、今までのものが。

___一回捨てないと出来ませんよね。

 本当に良いものをやるためには、今までのものを捨てるくらいの勇気がないと出来ない。何事もそうだと思いますよ。人間って、本当のことをやるには、無駄な時間も含めて、とんでもない時間を投げちゃわないとダメ。

ピアノはね、初めは一本指でやるべきなんです。
それがボール遊びなんです。
それから初めてパスをする。


 昔は音楽やっていても、ドラマーに灰皿投げたりね。説明できない訳。今こんな歳になって、長旅を終えて、ようやく若い人達に説明できる。
 まず一音なんです。要するに、ピアノっていうのはサッカーチームと同じなんです。一人一人が、チームを作る前に子どもの頃からボール遊びをして、ボールと会話をする時期が必ずある。それから、初めて友達が出てきて、隣の人へパスをする。
 だから、ピアノはね、初めは一本指でやるべきなんです。ドレミファソラシドも半音もメロディも一本指で出来るようになる、それがボール遊びなんです。それからドソミソと他の指へ行ってアルペジオになったりする。好きな友達へパスをする訳です。それが、バイエルのようにいきなりドソミソから始まっては滅茶苦茶です。みんな訳が分かってないの。今までの鍵盤のピアノでは、そんな発想は出ないですよね。それが、この鍵盤だと、ものの見事にピシッと出てくる。
 この鍵盤のピアノはドラムみたいにパーカッシブな最高の楽器です。良い音がしますよぉ!

___『ネコふんじゃった』は弾き難そうですね。(笑)

 いやいや、そんなことは無い。それも先入観なのさ。弾けてしまえば、12通り同じことですから。一つ確実に覚えて弾けるようになれば良い。だから、そういう意味ではプロの楽器でもあるんです。
 ですから、どんなことをしても子ども達にやっていただきたいと思うのですが、そうならなければならないでも良い。何百年後でも良いし。

___小学校で、この鍵盤を教材になさる計画があるそうですね。

 幼稚園とか、初めての子ども達には一番良いですから。
 今までの鍵盤を見ちゃってると思いますが、コレをやらなきゃアレが上手くならないことは分かると思います。コレが弾ければアレは弾けますから。ただ、あちらは面倒くさいしバランスが悪いし、訳が分からなくなる。そういうことを感じて、最終的にはコレしか無理なんだということが分かるはずです。

___そのプロジェクトは、もう具体的に動いているのですか?

 まだ具体的ではないですが、話を進めている人材はいます。鍵盤の完成品が出来てきていませんから、延び延びになっています。

もし、アマゾンの原住民たちが弦を張って楽器に再生したとしたら、
きっと僕の鍵盤みたいな形になっちゃうと思ったんです。
よけいなデコボコなんて無くて、一直線。


___このフラットな鍵盤は、いつ頃思いついたんですか?

 ええとねぇ、僕はレコード会社に追いかけられちゃってブラジルに逃げ出して行ったんですよ。そうして、アマゾンでいろいろな良い経験をしたんです。
 アマゾンでね、ゴムの栽培でものすごく栄華を極めた町があったんですね。そこにピアノがあったんですが、もう鉄骨だけで、朽ち果てて錆びちゃっていた。それをもし、アマゾンの原住民たちが弦を張って楽器に再生したとしたら、きっと僕の鍵盤みたいな形になっちゃうと思ったんです。よけいなデコボコなんて無くて、一直線。

___白黒ではなくて、ですね。

 そう!
 ハープを鍵盤にしたら、僕の鍵盤のようになるんです。

___なるほど。88鍵の全部が同じ幅で、平らに並んでいる。

 そうやっちゃった方が遥かに良いなと思って、ブラジルから帰って来てピアニカで試作してみたんです。そしたら、イケるんじゃないかと思った。
 平成元年にそのアイデアが出たの。それで、YAMAHAの最後の木工の人に作ってもらった。まさに「平らに成る(平成)」

___この鍵盤は工夫されていて、丸くなっていますね。

 指が入りやすいように丸くしたんです。

___今までの白黒鍵盤よりも狭いですものね。

 ピアノの幅は変わりませんから、一直線で均等にしたいと思えば白鍵は狭くなります。
 でも、鍵盤の真ん中を丸くしたのはすごく良かった。センターが分かる訳ですよ。真直ぐ打鍵できるから、音が良いんです。

___芯のある音が出る。

 野球のホームランは、丸と丸がぶつかる訳です。それでコーンと抜けた音が出る。最初は大変なんだけど、慣れるとピシッとハマる。逆に安心感が出てくるんです。
 今までの鍵盤だと、どこを触ったら良いか分からないし、鍵盤によって重い軽いがある。これは問題でしょ? 音をキチンと同じように並べることが先ず出来ないと、アクセント付けられませんから。
 この楽器を触るようになって、最初、僕もどうやって弾いたらいいのか分からなかった。6年前ですよ、ようやく分かったのは。(笑)

___弾けるようになる手がかりは何だったのですか?

 今までのピアノのようにナメてかかって大恥をかいたことですね。手も痛くなって散々でした。
 最初に発表したのは四国高松だったんですが、その次は何と南足柄のスリー・コードでこの鍵盤を発表させて下さったんです。小田原とはご縁があるんですよ。

___ピアノの準備は大変ですね。

 鍵盤だけスルリと取り替えられるのですが、その時はちょうど合うのが無かったので、下田の自宅からピアノごと運びました。

この辺りは気候も良いし、またまた奇跡の場所だと思っています。
チェット・ベーカーを日本へ呼んであげたかったねぇ。。


___この鍵盤での演奏を聴いてみたいです。

 もうじき完成品が出来ます。11月1日の檜ホールには間に合うと思います。毎月1日には檜ホールで演奏しているんです。

___檜ホールは素晴らしい所ですね!

 三石を見て、絶景でしょ。僕、あそこで子どもの頃潜ってたの。あの頃は漁師さんにも怒られなくてね。それが今、あんな素敵なホールでピアノを弾きながらそれを見下ろしているなんて、信じられませんよ。本当に幸せです。

___今は伊豆の下田にお住まいだそうですが、いつ越されたのですか?

 最後に南米から帰って来てからですから、11年目かな。南米へは7〜8回往復しているんです。
 ウチは代々、伊豆と縁があって、叔父が絵描きで西伊豆にアトリエをつくったもので、そこへ毎年行くようになったんです。僕は、この東海道、湘南から小田原、伊豆、静岡が好きなんです。日本でいちばん華のある所です。日本自体が奇跡的な場所なのですが、特にこの辺りは気候も良いし、またまた奇跡の場所だと思っています。
 小田原は秀吉の総攻めでこたえちゃいましたけど、その後は相当な剣客やアーティストがうろうろしてるね、ここは。そういう人を呼ぶ所ですよね。良い所だもの。
 チェット・ベーカーとNYで一緒に演った時に、僕は「日本へ是非いらしてください」と言ったんだけど、結局は僕がブラジルへ行ってる間に日本へ来ちゃった。その後またNYで会うんだけど、ちょうど彼はモンテカルロから帰った後で、「水の中の美しさは最高のドラッグだった」と僕に言うんです。「日本の海はどうなんだ?」と。(笑)
 モンテカルロは人口の海なんですよ。「伊豆の海に一度いらっしゃい!」と言っていたんだけど、ヨーロッパで亡くなっちゃった。彼はドラッグで知られていましたが、あんなに自然を愛する人だとは思いませんでした。日本へ呼んであげたかったねぇ。。
つづく


現在は決まったバンドを持たずに、
出かけた先で、そこにいる友人プレーヤーと演奏するというスタイルの菅野さんが
本物の音楽を求めて辿り着いた一つの答えは、88鍵が全くフラットな鍵盤でした。


 
  ↑ 平成クロマチック鍵盤(仮称/試作品)



ピアノと言うとまず思い浮かべるのは、あの白と黒の鍵盤ですが、
菅野さんは、
そのデコボコな鍵盤の黒鍵を白鍵の間に引きずり出して
なんとまったく平らなものに作り替えてしまったんです。
それはちょうど、
細い竹のような棒がピッシリと88本並んでいるような状態。

ピアノ自体はそのままで、
鍵盤だけを乗せ換えるんです。

ですから、
ピアノの幅は変わらないので、
白鍵は、今までのものより狭くなるわけです。
そして、
ドの隣は、レではなくて、ドのシャープ。
全ての鍵盤が、
同じ幅で、同じ高さで、均等に並んでいる。

菅野さんのピアノは、
私たちの既成概念をまったく飛び越えた、
驚くような楽器です。

けれど、
お話を伺って行くうちに、
これほど理にかなった鍵盤はないなぁと思えてきます。

 
  ↑ フツーのピアノ(アクション部分を開いた状態)

 
  ↑ コレを乗せ換える(現在製作中)

 
  ↑ クロマチック・キーボード@ピアニカ
motoka

18:00:00 | milkyshadows | |
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