Archive for April 2007

29 April

「癒し」と「感情」のメカニズム

artist file "tanebito" #01 [3/4] 
伊東 知子 さん(創作ジュエリー作家 / 風にかえるアトリエ

photo/AKIHIRO FURUTA

「私」の中の答えに「気づく」


___「セッション」というのは、双方向性の共同作業だと思っていますが、その辺はどうお考えですか?

 いわゆるヒーリングワークには、 癒す人がいて癒される人がいるのですが、私は、すべての人の心の中にヒーラーはいると考えています。だから悩みや疑問の答えは、その人の中にあると思っています。
 それは、知らない人へ「私が教えます」って言う先生を見ながら、いつからか「それは違うんじゃないかな?」って思っていったんです。本人が自分の中の答えに気づく、という感覚でセッションやったらどういう事が起きるんだろうと思ってやりたくなって、そしたら「あ、やっぱり先生が答えを言ってくれるんじゃなくて、私の中に答えがあって、それに気づいた!」って自分の感覚に自身を持つセッションになった。

___自分で腑に落ちないと絶対に変わりませんものね。

 そう。何か先生に答えを決めてもらうと、「先生はそう言ったけど本当の私の感覚はちょっと違う」っていう所が出てくるでしょ。それがどんどん大きな違和感になっていく。
 お互いに会話をする中で両者が気づく、というのが「気づき」とか「癒し」だと思ってるから、「私があなたを癒しますっ」ていうセッションは出来ないし、あんまり興味もない。両者がひとつの時間を作り上げる、何かお互いに分かち合う、お互いにメッセージがあるとしたらそれに気づく。そういうセッションをやりたいと思います。
 先生が教えるというのは、一方向性でしょ? 
 もちろん、心のメカニズムだったり感情のシステムについては、多少知識として知ってもらうこともあるんだけれど。

___その辺のスタンスは、問題の捉え方自体に関わりますね。

 いわゆる一般的なカウンセリングの考え方は、やっぱり受ける人とそれを引き出す人とに分かれちゃってるんだけど、でも例えば歯医者さんみたいに、行って座って口開けて「はい治してください」っていうのでは、いわゆるヒーリングの分野では、積極的に自分が「気づく」というのがないと「癒し」は起こらない。
 それぞれの中にいるヒーラーが働いてくれなければ「癒し」は起きないから、それが働くかどうかは本人が鍵を握ってるんですね。

___そうですね。まず痛みがココにあるっていうことを直視する勇気だとか。

 うんうん。
 自分は今こういうテーマについてとても悩んでいて、それについてどう解決したらいいのか、っていう問題意識がない状態では「癒し」は起きてこない。「何でもいいから今私に必要なことを言ってください」みたいに、 本人が受け身だと「癒し」は起きてこない。
 両者がしっかり自分を持って「参加する」っていう意志がないと「セッション」にはならなくて、多分それは音楽でも同じだと思う。音楽の「セッション」って、自由にやってくださいっていう部分は、多分それぞれがすごくオープンな感覚で、しかも受け身では出来ないでしょう?アドリブって。
 ヒーリングの分野でも、あまりに受け身になって何もしないで「治療してください」っていうのは、もう「癒し」からはズレちゃってる。

感情の排泄


___「癒し」ということ自体は、どういう風にお考えですか?

 「癒し」って、多分とても新しい言葉なんだと思う。
 ちょっとぬいぐるみを触って「あぁ癒されたぁ」とか、よくみんな使っているんだけど、私は「お掃除されなかった古い感情が流されて、新しいエネルギーになる」っていうのも「癒し」かな、と思っています。

___お掃除されなかった感情。。

 はい。子供から大人になるプロセスで、怒ったり泣いたり喜んだり、いろいろなことがあるんだけど、その人のパターンによって、ある感情だけがすごく排泄されないでそのまま大人になってしまっている部分というのが誰しもあって。その人の、ある特別な感情だけ溜ってしまうというパターンを、 流して手放すことが「癒し」かなと思う。

___「癒し」が必要だから「癒し」を求めるんだとすると、人はどういう時に「癒し」を欲しいと思うんでしょう?

 ・・・自分で気づくんでしょうね。癒したいとか、変わりたいって本人が思う。「もぅイヤだぁ!」って。
 例えば、どうしても怒れないタイプの人が「怒り」を表現出来ないで、自分の内側に怒りを溜めてしまって、結局自分を責めてしまう時に、ある程度はひきこもりとかをして時間を過ごせるんだけど、ある時「あぁもうこんな自分は違う!」って爆発する。何か思い込みがあるから溜まっているんだから、思い込みを外して、新しく生き始める、生活に向かい始める、自分の人生を積極的に創ることに向かっていくというような、そんな時。
 直面する「勇気」は必要かもしれない。「今変わりたい」って思った時、変わりたければ変わる選択をするのは、本人の作業なんですよね。「私の車をあなたが代わりに運転してくれませんか」っていう心理状態になってる時があって、
それは、運転するのが怖いとか責任を取りたくないとか、いろいろ理由があるのですが、 本人が決めることがいちばんパワーがあると思う。
 変わることのメリットとデメリットを両方感じながら、「明日もその次もそういうことをやりたいか?」って自分に質問をした時に、「あぁもっと他のやり方をしてみたくなる」っていう時があるんだよね。その変わりたくなった時が「癒し」のチャンスなんだと思う。
 本人の中に答えがあるから、自分で答えに気がつく作業を、自分の心と会話すればいいんだけど、そのやり方が判らないから一時的に私が質問をする。その部分では、質問を繰り返していく。
 溜まってしまった感情は、ヘドロのようにドロドロしてるようなイメージがあって、蓋を開けるのはすごいヘビーな作業だとか思い込んでいるようだけど、全然そうじゃなくて、深刻なものでもない。その思い込みをハズしたいですねぇ。 逆に、クソ真面目にやってはいけないものだと思う。笑いがセラピーって、病院でもやってるじゃない? だからもっと、感情の排泄は気持ち良くて楽しくてシンプルなものなんだと思うな。

「怒り」の裏側


 感情には、人間が後づけした、良い感情・悪い感情ってあるかもしれないけど、感情は純粋にただのエネルギーだから、それ自体には良い感情とか悪い感情って、ない。

___ 怒ることにも、もっと慣れた方がいいとおっしゃってましたね。

 そうそう。
 いわゆる「怒り」というものに対して、特に日本人は怒りを露にしてはいけないという社会的ルールがある感じがして、 怒ってても柔和な顔をしてる感じで、「怒り」の取り扱いについてはとても苦手な民族なのかも知れない。 それゆえ、人に言えなかった怒りがエネルギー的にオーラの中に溜まってしまう。アメリカ人は、もっとアグレッシブに自分を表現するから、「癒し」のテーマはまた別な所にあると思う。
 感情っていくつも層があって、 「怒り」の下にはまた別の感情がある。「怒り」の下には「悲しみ」があるって言われてるんです。だから、何かについて凄く悲しくて、もうこれ以上の悲しみを感じたくないから怒るんですね。だから、隠す行為なんですよ、「怒り」って。

___怒ることで、隠してる。。

 悲しみを隠す。
「怒り」を純粋に感じていくと、その前に悲しかった出来事があって、その「悲しみ」の部分が残ってる。だから「怒り」を処理するよりも、その下の「悲しみ」に気づいてそれを排泄させてあげると、結果的に「怒り」もなくなって行く。
 たいていは、怒る事によって悲しみを感じなくて済むようにしちゃうんですね。これ以上悲しみたくないから。
 戦争も、そのバリエーションの違う表現で、これ以上痛い目にあいたくないから、先に怒って攻撃して相手をやっつけちゃえっていう発想なんですね。

___誰かが悪いことにすれば、自分が楽になる。

 はじめはそうなんですね。怒りの矛先は他者にして、自分は良い人になろうとする。けれどやがて「どうして私の人生は嫌なことばかり起きるの!」って、自分の人生に怒るようになる。
 だから「怒り」では解決できないんですね。「怒り」の下にある思い込みとか、「恐怖」があったりとか、状況によってそこを感じていくと、だんだん「怒り」が生まれたプロセスが見えてくる。
 そんな感じで私自身が感情を扱う事にリラックスしていると、 私と話すときに人が感情を表現しやすいみたい。ただ話してたら泣きたくなったとか。「どうぞ、泣いて悲しみを晴らした分お掃除してください!」っていう感じだから、逆に相手が感情を表現しやすいかも知れない。

___発散するからそれが「癒し」になるんですね? 流れて解けるように。

 そうそう。
 普段は言わないようにしていることを言いたくなっちゃうみたいで、聞いてないのに「そういえばさぁ」みたいな感じで話すんですね。私も、話した内容について「じゃあこうすれば」とかっていうのもあんまりなくて、話してお終い。
 フリートークセッションでは、そういう感じでどんどん喋って、吐き出して、エネルギーを燃焼して行く。吐き出したらその分新しいものが自動的に入って来る。呼吸と同じで、吐いたら吸おうと思わなくっても入ってくるから、そこで新しく入れ替わっちゃう。

___生きてるってそういう事なんですね。

 うん。吐いて吸っての繰り返し。
 みんなね、深刻になって、吐く息少ないみたいだね。深刻さっていうのは「癒し」をストップさせるね。

___ しかも傲慢ですよね、深刻さって。

 自分にすべての非があるかのような「罪悪感」なんかも、深刻さが影響してる。
 もっと自然は大きいし。私達はもっと自分の力じゃなくて大きなものに委ねていいし、楽になっていいよね。
(つづく)


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22:00:00 | milkyshadows | |

「循環」

journal & report [2/2] 
Junkan農園 / 中田 早保 さん


___ご自身の農園は『Junkan農園』と名前をつけてらっしゃいますね。どんな想いが込められているんですか?

 「Junkan」とは、色々なものが地域で「循環」して欲しいという思いでつけています。
 野菜を週2日配達してるんですが、その野菜を届けた先で出た生ゴミを、1週間米ぬかと発酵させていただいたものを農園に戻してそれを堆肥にするようなこともしてるんです。それは多分、入り口だと思うんですが、もっとすごく大きい意味でこの地域で循環できたらいいなと思っています。
 農園の肥料も、草とか落ち葉とか、造園屋さんで出る木のチップとか、製麺屋さんで出る製麺くずとかを堆肥にしているんですが、地元で有機廃棄物になっているものを農園に生かしていきたい気持ちはあります。

___そういうことを皆さんにお願いした場合、協力していただける方は多いのかしら?

 まだ一部ですね。やっぱり家で貯めるっていうのが大変だと思います。

___かなり工夫も必要ですよね。

 そうですね。ふたつきのバケツを用意していただいて、そこに乾燥した糠をふって、お水を切って生ゴミを入れて、また糠をして、毎日繰り返してもらってます。

___最初は大変かもしれないけど習慣に出来たらいいですよね。
 そんな風にして作ったお野菜を、作り手としてどんな人に食べていただきたいと思いますか?


 うちの野菜を食べたいという人には誰にでも食べてもらいたいです。
 あとは、最近増えているんですけど、化学物質過敏症の方とかアトピーの方とか、やはり化学物質を使わない野菜で体をきれいにしていって欲しいという気持ちがあるので、そういう方にも食べていただきたいです。

___そういう療法に取り組まれてる先生にもお会いしたことがあるとか?

 今一緒にJunkan農園をやっているパートナーが、九州・大分県の赤峰勝人さん(なずなグループ)という方のところで研修していて、その方が「食養庵」をやっていて。食べ物は玄米とお野菜と天然の塩・調味料でアトピーを治したり、その方のレシピなどを参考にしながらうちでも食べてるんです。

___流行のマクロバイオティックのような感じなのかしら?

 マクロもよくご存知の方なのですが、いりこを使ったり動物性のものも若干取り入れながら
作ってます。陰陽料理法なんかも取り入れながらやってます。

___毎週のお野菜と一緒に、ちょっとした栞のようなものを頂きますけど、それにもいろいろな情報を下さってますね。

 読んでくださってる方の反応が結構あるので。
 畑の様子って、自分はずっと見ているんですけど、お客さんの方が畑の様子ってぜんぜん知らないので、なるべく知ってもらいたくて書いてます。

___農業に携わってらっしゃる他に、学校でも授業を持ってらっしゃるそうで。。

 そうなんです。旭ヶ丘高校が小田原市の久野に畑を持っていて、そこで週2日高校生たちと有機農業をやっています。

___実習をやってらっしゃるんですか?

 そうです。選択性で、陶芸とか木工とか、そうゆう中で農業をしたい生徒が集まっています。だいたい1クラス20人〜25人くらいですね。

___生徒さんの反応はどうですか?

 農業を選択してきても、ちょっと土は触りたくないとか虫は絶対ダメとか、そういう子も結構多くて、最初の4月5月はアスファルトの道から畑に入らない子がいるんです。
 それが、授業は2月くらいまでなんですが、種まきも収穫も一通り体験して終わる頃になって、採れた農産物を食べるところまで一通り出来てくると、やっと面白くなってくるみたいです。

___なるほど、やっぱり1サイクルかかるんですね。

 そうですね。3学期になって、やっと草取りも苦じゃなくなる、というか意味がわかってくる感じですね。
 3年生だともう自分の進路とかに関係ないつもりの子も多いんですけど、 いつも3学期に言うのは、 将来仕事がなくなってしまったり食べていくことが不可能となったときでも農業はあるよ、って言ってるんです。食べ物を作れればとりあえず食べていくことは出来るから、って。

___今後はどんな風に農業に取り組んでいこうとしていますか?

 新しい取り組みというか、天然酵母のパン教室をしている知人がいて、その方が2年前からパン用小麦の会を立ち上げて、今うちの農園も一緒に取り組んでるんです。パンを焼くことだけじゃなくて、つぶ麦の種をまくところからみんなで一緒にやっていって、パンを焼いて食べる食べるところまで体験しようと。
 私たち農家側は、どうしても生産して粉にするところまでで止まってしまうのですが、それをパンにして味わうところまで私たちも体験しよう、ってやっています。そこでパンを焼くことがメインだったお客さんも、うちの畑に来て一緒に小麦の種まきや麦踏みや、鍬を持っていろんな作業をしたりするんです。
 自分で言うのも変なんですけど、畑のある場所がとても恵まれていて、その場所が気持ちがいいから、なおかつ、鍬を持って汗を流すような作業なんてしたことがない方が、そういう事を楽しみに来てくださっていて。農場を中心に人との交流が出来るようにしていきたいと思っています。

___種まきから食べるところまで。。それで一つの循環が繋がりますものね。

 そうですね。


21:50:00 | milkyshadows | |

20 April

放送延期のお知らせ

  4月22日(日)の放送につきまして、
統一地方選挙の開票速報のため、『soulbeauty.net』はお休みいたします。

  同日放送分は、
翌週29日(日)夜9時から放送いたします。


10:00:00 | milkyshadows | |

15 April

「風にかえる」

artist file "tanebito" #01 [2/4] 
伊東 知子 さん(創作ジュエリー作家 / 風にかえるアトリエ

ギャラリーと演劇


___真鶴の前は、どちらに?

 真鶴の前は川崎です。

___そこで、ギャラリーに勤めていた?

 勤めるって形じゃなくて、一角を借りて「経験を積みなさい」と提供してもらえた所だったんです。
 ギャラリーで作品展を初めてやった時に、私は、どんなお客様がどんな風に買っていくのかって興味があって、毎日ギャラリーに行ってたんです。そしたら、どんな人が作っているか分かった方が、安心してお客様が買えるっていうことがあったり、作品を買いに来てるんだけど、その時の自分を確認したいという人も多くて。その時に、「ギャラリーとは?」「売る仕事とは?」とか「作家とは?」みたいなことがすごく試されて、「あぁ、私は両方やりたいんだ」ってすごく思って独立した感じです。

___ギャラリー以前は?

 ギャラリー以前は、舞台衣装のデザインを。『オズの魔法使い』とか、日本の昔話の着物だったりとか『レ・ミゼラブル』とか、そういうお芝居の衣装をデザインしてました。

___ 結構大きな舞台も?

 はい。出演者の大勢いる舞台も。

___ その時も生地選びから?

 生地選びからやらせてくれるようなお芝居はなかなかなくて、舞台はとてもお金がかかるので、ありものを加工するとか、衣装屋さんに行って借りてくるとか。
 でも、『オズの魔法使い』とかはイリュージョンの世界だから、その辺に売ってるもので出来るものではないから、そういうものは、絵を描いて作ってもらっていましたね。
 衣装デザインのいちばんは、設計をするってことね。誰がいつ、どのシーンで何を着るのか、っていうことを提案する仕事があるので、それは縫い子さんとは、またちょっと違う。

___ 演じる側は、興味なかったんです?

 演じる側をやりたくてお芝居の世界に入ったのに、なかなか役につけてもらえなくて。裏方を転々としている間に衣装に出会って、すごく面白いと思って。衣装を勉強している合間に時々、舞台に出てたりとかして。
 お芝居はものすごく大勢のスタッフがいて成り立っていて、いろいろなものの一部が役者さんなのよね。お客さんとしては、 舞台の上の役者さんしか見ないけれど。
 そういうチームワークみたいなものは 、舞台をやったからこそ学べて、今、 作品展をやるときに一人でその作業を全部やらなきゃいけないわけなんだけど、舞台の経験があるからそれがスムーズ出来るんだろうな。

針金のスキマ


___作り手として、「作風」についてはどんなスタンスでなさっていますか?

 私は、目に見えているものと目に見えてない空間の両方で表現したいタイプで、針金と針金のスキマとか、そういう所もすごく大事なんです。だから、左右対称にしてドーンという感じは、私の仕事ではないかもしれない。
 なんか動いてる感じ、空気のある一瞬の輪郭を縁取った、っていうような。そこは、すごく大事にしていますね。
 だから、作品だけが目立つというのは好きではなくて、 身に着けた時に本人と作品がピタッとはまる、その人らしさというのがトータル的に表現されるものがすごく好き。
 ジュエリー業界というと、どんなにその石に希少価値があるか、というところに価値を置くんですけど、私のは全然そういう価値ではないですよね。原石などの自然が生み出す造形とそのお客様との出逢いが素晴らしい、というところなので、価値観がちょっと違う気がする。
 一般的に、作家は作家、売る人は売る人という風に分かれていると思うんだけど、その両方をやることは、作家だけをやりたい人にとってはとても面倒くさいことかも知れない。ひとつのアイデアを出して、同じものを10個作る方がよっぽど労働的には楽でしょう? そういう、生産性をあげて沢山の利潤をあげる価値観の方が一般的のような気がする。
  特にオーダージュエリーの仕事は、「素材とあなたの個性の両方を生かして、あなたの為に世界にひとつの作品を作ります」という感じなので、「このパワーストーンはすごいです」という感じではないので、 感覚的にはすごく新しいのかも知れない。

___あえて挑戦している?

 私のやりたいことが、たまたまそういう新しい価値観だったという感じ。それは自然なことなので、あんまりチャレンジしてる気もなくて。

インド


_____インドに行ったことがあるんですね。

 はい。染織やデザインに興味があって。
 例えば更紗だとか木綿だとか藍染だとか、日本の文化のデザインの源流を辿っていくと、だいたいインドに行っちゃう。シルクロードの文化、それを現地でどんな風にやってるのか、その環境をみたくなっちゃって。そんなツアーないから、テーマを決めて一人旅をして、小さな村々を訪ねていくの。

_____あらかじめ調べて行った?

 インドに行くって言ったら、みんなが危険だって言って。で、ガイドブックに載っている日印協会っていう民間の団体にホームステイ先を紹介してもらったの。そしたら、日本と交流のある日本通のインド人のお家を紹介されて、そこを拠点に村々を訪ねた。

_____訪ねる村々は、現地に行ってから調べたんですか?

 そう。現地に行って「あそこがいいよ」とかって言われて、「じゃあここから何キロですか?」みたいな。友人の旦那さんがたまたまインド人で、ローカルな地図を日本で描いてもらって参考にした。

_____そこでは、染色の技術も学んだ?

 うーん、、むこうでやっているのは、例えば地面に穴をほって、そこにドボンと布をつけて、洗う時には川で洗って、みたいなことだから・・・
 たぶん私は、技術というよりはその景色を見たかったのかなぁ、、湿度とか、、
 たまたま田植えの時期に行ったんだけど、田んぼに苗がわぁっと緑になっていて、川から時々霧があがってきて、本当に(故郷の)信州みたいな景色で、ほとんど日本と似たりよったりのカスリを織ってるの。たぶん、染織と土地の環境はすごく似てる、影響しあっている。だから、そういうことを見たかったのかな。
 何かに惹かれたんだと思う。 作家として何が大事かっていうのを。その頃は作家になろうとは思ってなかったけど・・
 たぶん今の私の作品も、この真鶴の空と海があるからだと思う。

「風にかえる」


___どうして真鶴だったんですか?

 真鶴に遊びに来てるうちに、「あぁ、この空とこの海を毎日見ていたら、私の作風はもっと変わるかも知れない」と思って、新しい自分を見たくなったんです。

___土地と作品の関係性って面白いですね。

 舞台のときも、いろんな人の舞台を観察して、いちばん大事なのは湿度かなって。例えば『アラジンの魔法使い」っていう砂漠のお芝居を観る時に、その乾いた風を衣装で表現できるか、装置として表現できるか、って。 お客さんがそれを感じることができるとすごく良いなって思った。

___肌触りですね。

 はい。空気感。感じる世界。
 この話で思いついたのは、私の石が「生きてるね」ってよく言われるのは、何か命っぽい呼吸してるような風を感じるのかも知れない。乾燥したただの石じゃなくて。

___だから『風にかえる』?

 それは後づけでね。そうかも知れない。
 この場所の名前を考えているときに、原生林の近くの海を見下ろせる所に座っていたら、凄く大きな風が吹いて、高いところにある楠の葉っぱがフワァって落ちてきて、一枚一枚がくるくるくるくる回りながら、目の前をヒューって横切っていたの。
 「あぁ風だぁ」って思って、『風のアリトエ』にしようかなって思った。
 その帰り道にカエルに会って、最初『風とカエルのアトリエ』にしようかと思ったんだけど、ちょっとモジッて『風にかえる』にしてみた。
 名前を『風にかえるアトリエ』にした後に、整体をやってる方に「人間にとって一番身近な風は、自分の呼吸だよ」って言われて、「あぁ風にかえるっていうのは、自分の呼吸に戻るって意味があるなぁ」って。私自身も、自分の呼吸を取り戻したくて真鶴に来たようなところもあって、なにかこの空とこの海とこの原生林の自然のリズムに、私が戻りたいってすごく思った。

___ カエルのメッセージだったんですね! カエルは、南米ペルーでは神聖な動物とされているらしいです。

 音楽をやってる人は、ゲコゲコ鳴くからか「音楽の神様」って言う人が多い。「癒しの神」と言う人もいて、カエルが鳴くと浄化の雨が降るって言う。
 たぶん、かえる、元に戻る、っていうのは癒しでもあるし浄化でもある。その象徴っぽい気もする。でも「自分の呼吸に戻る」っていうのが、今の私には一番ピンと来てるんだけど。
(つづく)


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『あしがら農の会』

journal & report [1/2] 
Junkan農園 / 中田 早保 さん


___私、毎週中田さんに、新鮮な野菜を届けて頂いていて、本当においしくいただいているんですよ!

 ありがとうございます。

___配達はどのくらいの件数を回っていらっしゃるんですか?

 週に2日、火曜と金曜に30件くらい回っています。袋の数で100とか150くらい、軽トラいっぱいです。

___初めて届けていただいた時に、葉物野菜を湯がいたら、鍋から上がる湯気が土の香りがしたんですよ。それがとても懐かしい香りがした♪ 大地の匂いと言うか。。
 無農薬で栽培なさっているそうですが、やはり何かとご苦労が大きいですか?


 農業を始めたときから無農薬・無化学肥料だったので、他との比較があまり出来ないのですが、土が出来てしまえば虫の心配はあまりないです。今はまだ始めて間もないので、色々ありますが。

___「土が出来る」って?

 何でも種を撒いたら出来る状態。ミネラルだと思うんですけど。
 例えば、落ち葉がずっと降り積もってる森の中の土みたいな場所は、種を撒いても虫が出なくて、すごく綺麗な色で穴一つ出来ないんです。

___化学肥料を使ってしまうとそうならない?

 と思います。よく家庭菜園とかで、石灰とか化学肥料とかたくさん撒かれてたりするんですけど、そういう所の土ってガチガチで、ひび割れなんかもしてるような所もあって。
 そういう状態とはぜんぜん違うので、例えば化学肥料をやめて落ち葉とかいろんな有機物を入れ始めると、同じ場所だったのに土が10cm上がるって言う人もいるくらい、土の中のものが動き始めるって言われてます。

___すごいことですね! そういう状態までもっていくのにどのくらいかかるんですか?

 元の状態がどんな感じかで変わるんですけど、草を刈って置いていた場所のようなところは、耕したら直ぐ良い野菜が出来るんですけど、もともと化学肥料を使っていたような場所だと、たぶん5年くらいかかるんじゃないですかね。

___その5年間は、待っていれば戻るものなんですか?

 例えば麦とかとうもろこしとか、すごく深いところまで根を張ってぐーんと伸びて土の中まで有機物を提供してくれるようなものを作って、なおかつ上からも草とかを置いてあげると良いかな。上も下もたくさん有機物を供給してあげると微生物が動き出す。

___この足柄の土地はまだ再生可能な状態にありますか?

 私は小田原生まれなんですけど、小さいときは田んぼばっかりだった記憶があるんです。今はほとんど宅地になったりデパートができたりして、農地自体がほとんどなくなってきてますよね。
 農地じゃなくなってアスファルトを敷き詰めちゃった場所は、相当なことじゃない限り農地には戻らないと思うんですが、ススキがぼうぼうに生えているような所は、すぐ手を入れれば戻せますね。ススキが生えていればすぐ戻るんじゃないかな。

___ご実家は農業でらっしゃったんですか?

 そうじゃないです。

___農業に携わるきっかけは?

 一番最初、自分が生きているのは食べ物を作っている人がいるからというのに気づいたのが高校生のときで、それで農業のほうに進もうと思って。進学はしたんですけど卒業した後に、有機農業をやっている人たちを周る旅を友人数人と関東から九州の方まで周って、そのときに九州で農業されてる女性2人の方に会って、「鍬と鎌さえあればいつでも資本金がなくても始められるんだから、戻って始めたら」って言われて。 その方の影響もすごくあって、 それが引き金というか・・・

___確かに農業って原点ですよね。

 でもあまり何も考えずに始めたような気もするんですけどね。

___旅先で、逆に足柄地域の活動に触れたとか?

 広島の有機農家に行った時、『あしがら農の会』って知ってる?って言われて。でも私はぜんぜん知らなくて。旅から戻って『農の会』のことを知って、今は『農の会』のメンバーとしてやっています。

___ 『あしがら農の会』は、どうゆう活動をされる会なのかしら?

 『田んぼの会』っていうのがあって、今100家族以上が足柄地域で田んぼをしています。何箇所も田んぼがあって、みんなそれぞれやり方も違えば構成してるメンバーの仕事もぜんぜん違うような人たちが、それぞれやっています。
 それ以外に、今私がやっている有機野菜とかお肉とか卵の宅配っていうのと、5月にはお茶摘みもやっています。それは年間通して摘む人たちが草刈からお茶畑の管理からして、5月に自分たちが飲むお茶を手摘みで摘もうっていうことですね。
 あと2月にお味噌を仕込んだんですが、『田んぼの会』で採れたお米で麹を仕込んで。大豆も去年からみんなで作り始めたんですが、大豆を栽培して自給用のお味噌を1年間分作るっていうようなこともしています。

___自給、ということが一つのテーマ?

 そうですね、「地場・旬・自給」を掲げています。
(つづく)


21:50:00 | milkyshadows | |