Archive for 01 June 2008

01 June

地域社会と市民自治

artist file "tanebito" #18 [2/3] 
加藤 憲一 さん(第20代小田原市長)

正々堂々と理想を語って、
理想の方に現実を合わせて行くことが大事だと思います。


___「加藤市長」に対しては、新しい質のリーダー像が期待されているように感じます。いわゆるカリスマ的なトップダウンではなく、コーディネーターやファシリテーターのような質と申し上げれば良いでしょうか。

 そうですね。これまでの人生を振り返っても、ガキ大将で「俺にツイテ来い」と言うのではなくて、どちらかと言うと、いつも全体を見ていて、自分が出るというよりも皆を出すことに腐心するタイプだと思います。
 ですからこういう状況になると、そうした古いタイプのリーダー像を期待する方々からすると「もっとガンガンやって欲しい」という声も頂戴しますが、私が上手くモノゴトを進めた経験の中では、各々の持っている能力や特徴をどう組み合わせると全体が一番良くなるか、というような立ち回り方を必ずしています。

___そうした手法でチームを束ねるにあたっては、構成員一人一人の自発性が強く求められます。

 全くその通りです。私の言ったようなことは皆さんの自発性によってしか成り立たないものなので、やはり、全体として何を目指すのかということをキチンと伝えていかないと、その共同作業は達成出来ないと思います。
 私は、目標の与え方は緩いと思います。もちろん、全体のビジョンはキチンと言いますし、「新しい事業の目的はこう変えます」ということは言います。そして「その為にはこういう手法に変えます」、「その時に皆さんの置かれたポジションはこういう役割になるから」と言って、「基本的に全部任せるから一番良い結果を出して欲しい」という形で投げます。
 そう言うと、迷ったり困ったりする人もいると思います。その辺は、必要に応じて手を出したりします。本当は一人で何でもやってしまった方が早いと思ったりしちゃうんです。(笑)

___とすると、重要なことは「目標とする大きな理念をどう与えるか」ということと、「底辺をどう活性化するか」という両端へのアプローチのようです。理念については、どのようなものを掲げ、どのように伝えて行こうとなさっているのでしょう?

 それには、人間が生きて行くことにおいて大事なことは何なのか、どうして行けば幸せな地域社会が築けるのか、ということについての認識は外せないと思うんです。その価値観が共有出来ないと、末端で間違えてしまうと思います。要は、どのように生きて行くことが大事なのかということの哲学を、小田原の市民で共有したいと思っています。
 別の言い方をすると、「理想的な地域社会の仕組みって何だろう?」ということです。いつまでも続けて行ける地域の仕組みはどういうものなのかということを、大前提の議論として、市民の皆さんと共有したいと思っています。もちろんそれは難しい言葉で言ってもダメなので、卑近な例に置き換えて伝えて行くことになると思います。
 そしてそこに到達する為に、「今地域の現状はこうだから何年かけてこうしましょう」という形で、とにかく地域としての理想の姿を、先に私は提示したいと思っています。とかく、キレイ事を言っても「それは理想論じゃないか、現実は甘くない」というような言葉が返って来ますが、私はそういう言葉が大嫌いで、やはり、現実に理想を合わせるのではなくて、理想の方に現実を合わせて行くことが大事だと思います。
 そういう街づくりのアプローチは世界中で始まっていますし、正々堂々と理想を語って行って、小田原や足柄平野だからこそ出来る取り組みがある訳ですから、それを子どもからお年寄りまでいろいろな言葉で共有して、そこからがスタートです。

___それが「持続可能な地域づくり」ということに繋がるのですね。

 そうです。
 当たり前のことですが、人間は自然と切り離されては生きて行けない訳ですから、一番の底辺には「豊かな自然環境」があって、命を支えるしっかりとした基盤があるということが大前提です。このことは、経済成長優先の時代にはオミットされてきたことですが、敢えてそれをやって行きたい。
 その上に、人が人として生きて行く為の「社会の仕組みづくり」です。人は一人では生きて行けませんから、お互いに支え合って行く為のものをキチンと作って行くことが次の段階です。そしてその上にようやく「経済活動」があって、お金としての生活の糧を得て行く、ということです。
 そしてさらにその上には、人をつくり、新しい価値を構築して行くということが出来てくるのだと思います。

行動が変わり意識が変わって、皆さんに実践として見て頂けるようになると、
小田原の方たちの気質ですから、
それは伝播して行くと私は信じています。


___一方で、一人一人の自発性を高める仕組みづくりとしては、どんなアイディアをお持ちでしょうか?

 自発性を高める為には、やはり現場に関心を持ってもらうしかないですよね。関心を持ってもらうには、そこに関わる楽しみを見出してもらうか、或いは、置かれている状況に対して問題意識を持ってもらうということしかないと思います。
 それが自然に起きれば御の字なのですが、なかなかそうもいかないでしょうから、市民が参加することで大きく前進するような「地域づくりのフロンティア」をたくさん作るということが一つだと思います。それは、意欲的な方々に、意気に感じて動いて頂くことになります。
 もう一つは、地域を支えて行く大人の責任として、「その地域の問題については基本的に地域で解決をするんだよ」というような市政運営の仕組みを持ち込みたいと考えています。例えば、今住んでいる地域の課題について、そこに暮らしている人たちが責任感を持って感じているかと言ったら、全然感じていない訳ですよ。これまで通り過ぎてしまっているような人たちが、「これじゃいけないな」と感じるかどうかということは、その解決を自分たちで担っているかどうかで決まるんだろうと思うんです。「これを放っておいても誰もしないぞ」とか、「これについて自分たちが意見を言って予算を市に求めれば下りるぞ」というような街づくりの回路が出来れば、それは関わって行くことにならざるを得なくなるでしょう。
 仕組みづくりのについては、工夫が必要ですし時間もかかると思いますが、地域ごとの自治の形に持ち込むしかないと考えています。いずれは小学校区を一つの単位にして、それぞれで地域の運営やより良い地域づくりについて、地域の方たちのいろいろな世代が満遍なく混ざり合って、顔を突き合わせてディスカッションをし、一緒に汗を流して動いて行くような、そんな活動の核づくりの動きを進めて行きたいですね。
 ですから、楽しみながら参加出来るような活動の「フロンティアづくり」と、地域の責任は自分たちが引き取って行くという意味での「地域運営の受け皿づくり」の両方が必要になるでしょうね。

___そうした展開に際しては、地域ごとで事情が違ったり、温度差があったりすると思います。具体的にモデルケースとして想定している地域があるのでしょうか?

 ええ。全市で25の小学校区がありますが、同時に導入できるとは全く思っていません。やはり、そういう土壌が比較的ある所とあまり無い所とあります。ですから、そういう取り組みに対して意欲的に動いて頂けそうな所に、先ず、チャレンジをして頂くことになると思います。
 そうして、その地域の方々の行動が変わり意識が変わって行くことで、皆さんに実践として見て頂けるようになると、小田原の方たちの気質ですから、それは伝播して行くと私は信じています。

私は、大地震が来ることは覚悟しています。
備蓄をするということ以上に大事なことは、
「お互いがお互いを支えて生き抜いて行く」ということなんです。


___防災については、どんなお考えをお持ちでしょうか?

 私は、大地震が来ることは覚悟しています。それは文字通り大きな、時代を変えるモーメントになると思います。
 阪神大震災の時に、私は地震発生後4日目に救援物資を2tトラックに満載して現地に入って、延べ20日くらいは向こうに行っていました。中越地震の時も、1週間後でしたが現地へ行っていろいろ様子も見て来ました。地震が起きた後の被災地の復旧ということについては、それなりに生々しく知っているつもりです。そうした現場の修羅場を見た時に、小田原の現状の中には、まだまだ備えが足りないことは多々あると思います。
 地震への備えというのは、「防災の器具を用意して、放水の訓練をして、、」ということだけではなくて、もっと大事なことは、被災した直後の瓦礫の中で「お互いがお互いを支えて生き抜いて行く」ということなんです。備蓄をするということ以上に、起きてしまったら如何に死なないようにするか、生き抜くか、復旧を一日も早くするか、ということなんです。
 これは防災訓練で訓練できることではなくて、日頃の地域の中での関わり合いの中でしか育めないと思うんです。例えば、阪神では被災地が西宮や芦屋や神戸とかの高級住宅街でしたから、地域の関わり合いは残念ながらあまり無かったんです。だから皆さん避難所で為す術なく、冷たいおにぎりが来るのを待っているしかなかったような状況で、大変でした。かたや中越では、皆さん日頃から集落単位での関係が出来上がっていますから「この子はどこの子で、どこのおばあちゃんはどういう体の不具合があって、、」ということも皆が知っていますので、避難所へ行けば、ボランティアが手を出す必要があまりなかったんです。これはコミュニティの力の差だと、それはハッキリしていました。小田原はその中間なので、そうしたことがスムーズに出来る地域と、やり難い地域と、あると思います。
 そういった意味で、「地震への備え」と「市民が主役になって支え合う地域」というのは全く表裏の関係で、一つのことなんです。だから防災訓練も、「炊き出し」と言わないで「芋煮会」ということにして年2回くらいやれば良い訳です。(笑)そういう時に、子どもたちに火の起こし方を教えたり、そこで酒盛りをしたって良い訳です。ちょっとした活かし方次第で、「防災訓練」と言ったら参加しないような人が「芋煮会」と言ったら来るかも知れないじゃないですか。
 そういったことですよね、万事が。
(つづく)


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