Archive for August 2008

31 August

「ドームプロジェクト」

artist file "tanebito" [Archives #6] 
小林 一郎 さん(ドームビルダー / Dome Project




___まず、「フラー・ドーム」を開発したバックミンスター・フラー(1895〜1983米国)の話から伺わせてください。

 フラーがドームのことを考えたのは、1960年代後半です。だけどドーム以外にもいろいろなことを考えていて、世界を一つの生命体と捉えて、地球の様々な問題をシミュレートする「ワールドゲーム」というものを考案したりして、ノーベル平和賞の候補になったこともある。「宇宙船地球号」というのは、フラーが唱えた言葉なんです。
  それ以前にも、T型フォードの時代に流線型の車を作ったり、航空機産業の技術から、B29戦闘機の合成金属を使って円形の家を作っていたんです。ユニットバスの原型もフラーが提示したんです。それから、地球を正20面体で表して「ダイマクション・マップ」という世界地図を考案しました。地球儀を、一番歪まない平面で表すことが出来る。
 本当は、ドームは球体なのですが、地球は引力があるから仕方なく半分に切っている。どこかに置かなくちゃいけないですからね。球だと一点で支えることになってしまう。でも宇宙に打ち上げてしまえば、丸い方が自然でしょ。惑星だって丸いし。雨も無いし、空気抵抗も無いし、力のバランスだけ。そこで最少の材料で強いものを作ると言ったら、球体にならざるを得ない。
 ただし、これが現実的かと言ったら、ドームという発想までは良いけど、ハウスとなると確かに問題がありますよね。「そこから先は君たちがやってくれ」とフラーが言っているような気がします。(笑)

___フラーは、その辺について何かヴィジョンを持っていたのでしょうか?

 フラーは、もっと先へ行っちゃったみたいですね。

___もっと先?

 コンクリートで大きな球を作る。直径7kmの!(笑)
 そうして、外より温度を2℃高くすると、風船のように浮くと言ってるんです。空中浮遊都市。
 それはNASAから予算をもらって、当時の建築技術で可能だ、というところまで行ったけど、それで終わっちゃった。核戦争で放射能だらけになったらこれしかないだろう、という発想だったようです。

___フラーはそこまで考えていたんですね!

 発想が大きすぎて着いて行けなかったのかも知れないですね。今になってフラーの予言が証明されたりしています。フラーレーンと呼ばれる炭素原子の最強構造も、90年代になって見つかりました 。

___フラーについてはかなり研究されたんですか?

 英語の本を読める訳ではないのですが、面白い出逢いがあったんです。
 フラーの晩年に、2年間助手をしていた梶川泰司さんという方がいて、フラーが亡くなった後、帰国して広島大学でフラーの研究所を持っていたんです。それが引っ越すという時に、たまたま縁があって、小田原で研究室を構えていたんです。その梶川さんが南足柄の丸太の森でワークショップをなさる、というのを偶然に新聞で見て、すぐに会いにいって自己紹介したんです。その頃ちょうど、寄(やどろぎ)の山の中にドームを作っていたのでお連れしたら、「一緒に仕事をやらないか」と誘われた。
 梶川さんは東京でドームの会社を興そうとしていたんですね。ところが、実際に建築の知識のある人がいなかった。梶川さんは日本人で唯一フラーと懇意にしていた方ですから、非常に名誉のあるお誘いだったんですが、僕は組織に入るのが嫌だったので、木造ドームのキットを供給するという形にしたんです。それで、2年間ほど『ドームプロジェクト』の名前を伏せて、梶川さんの『デザインサイエンス社』を通して仕事していました。
 なんと隣町にそんな人が越してくるなんて、奇跡ですよね。(笑)



___最初は、四畳半の部屋の中に「フラー・ドーム」を作ったそうですね。

 アマチュアバンドやっていたので、友達の庭にログハウスでスタジオを作ってしまおう、ということが始まりでした。
 『ウッディライフ』とかアウトドアの本を読んでいたら、たまたまそこに「フラー・ドーム」が出ていて、面白いなと思って画用紙で模型を作ったんです。そうしたら、どうしても中に入ってみたくなってしまった。(笑)
 「これのデカイのを作れば、それは家だしスタジオじゃないか」って思って、真四角の四畳半にピッタリ収まるように逆算して、ケント紙で三角形を百数十枚使って作ったんです。「四畳半内接フラー・ドーム」ですね。
 それで、内側へ入って、人生変わっちゃった。サラリーマンやってる場合じゃない、って。(笑)

___それほど衝撃的だったのですね。

 家を建てるというのは、四角い物の集合だとしか思ってなかった。それが三角形で出来る、柱が要らない。最少の材料で、広い空間で、しかも丈夫。
 三角形という平面をくっ付けていって丸くなるからドームは面白いんです。僕はそこに惹かれたんです。ツルツルの丸い壁が出来ても、ポスターも貼れないし(笑)。自然界のものを見ると「正方形」なんて無いでしょ? 今は四角いものばかり建っているから丸いものが目立ちますけど、そのうち逆になるかも知れないですよね(笑)。
 まぁ、建材が四角いものばかりですし、四角い方が便利だというのも分かりますが。

___集合住宅となると、四角い方が効率が良い?

 地震があって急いで住宅を作るような時に、確かにドームならば大きくて丈夫な空間をあっという間に作れるので良いのですが、プライバシーということになって仕切ってしまえば、ドームでも何でも構わなくなってしまう。かと言って、小さいドームをいっぱい作っても、道路は四角いから、四角で囲われた中では効率よく配置出来ない。やっぱりドームは若干不利になりますね。
 それ以上に、僕は音楽をやっていたので、内部にスピーカーをセットしたら、今までと全く違う感覚があった。スピーカーと自分の位置の組み合わせを偶然見つて、ビックリするような音像を体験したんです。まだデジタルの時代ではなかったので、テープに録った音楽にはノイズがあったんですが、それが相殺されちゃうんです。しかも、音源の位置が分からなくなって、空中にいたままヘッドホンをしたような感覚になる。「これはスゴイ!」とビックリして、それから半年はそこへ籠ってた。(笑)
 その頃、アメリカにドーム建材のメーカーが2社あって、キットを日本で輸入していたんです。僕もそれを買って一棟建てようと思ったんですが、すごく高い値段だった。本来は最少資源で作れるものなのに、それはおかしいと思って「じゃぁ自分で作ろう」となったんです。無謀にもそれから一年後に会社を辞めて、建築は全くの素人だったのですが、最初は失敗もしましたが3年目くらいで工法を確立しました。

___当時、日本ではドーム建築を手がけている会社はなかったんですか?

 まだインターネットのない時代でしたから雑誌などで調べたら、村上さんという方がいらして、その方が『ドームプロジェクト』という名前で8棟ほどドームを建てていたんですが、辞めて全く違う分野に行ってしまった。
 その『ドームプロジェクト』という名前が良かったので、僕が名前だけ引き継いで、その後100棟ほど組み立てました。



___ドームハウスの魅力はどんな点でしょうか?

 僕が最初に組み立てたのは四畳半に内接させたドームでしたが、その時は空間の面白さに圧倒されました。ドームを組み立てる時に、最後の頂点の部分は必ず僕が仕上げるのですが、その度に美しいと思うんです。僕は高所恐怖症なのですが、丸い上は大丈夫。(笑)

___内部の空間が丸いということで、居住性や居心地はいかがでしょう?

 よく「丸いと不便ではないか」と言われますが、壁に家具を密着させる必要はないんです。家具で間仕切りにする、という発想にしてもらえればいい。
 それから、ほとんどの場合、中二階になさいますね。土地が大きい場合は全二階にして、上は本当のワンルーム。

___空気の対流にも都合が良い。

 四角い家だと、四隅に空気が溜まるんです。長い間には、四隅からカビが生えてくる。
 ドームでは、温かい空気が上で冷やされて壁沿いに降りてくる。頂点にシーリング・ファンを付けるだけで、冷暖房は物凄く効率が良い。

___エコな建築ですね!

 エコです。そもそもフラーの「最少資源で最大効果」という考えに僕は惹かれたんです。三角形のパネルを組み合わせるというのも、全部が筋交いになるわけですから、これほど合理的なことはない。

___小林さんの組み立てたドームで、実際に暮らしている方がいらっしゃるんですね。

 最初の2〜3年は、ほとんど別荘ばかりでした。それも、フラーということで惹かれて建てた方ばかり。キットだけ渡してセルフビルドで組み立てるというワケには行かない人が多かったので、僕も現地に行って建築を手伝いました。そのうち建築会社と組むようになって建築を指導したり、自宅としての需要も増えてきました。

___ドームハウスは魅力的ですが、土地が必要ですね。

 まぁ、そうですね。土地は必要です。(笑)
 ただ、同じ容積で較べると建築費がかなり安く済む。

___建材が少なくて済む、ということですね。

 普通に考えれば、一つの空間といえば12畳くらいが限界でしょう。それ以上になると、柱や梁や壁が必要になる。ドームならば、僕が手がけたうちの最大は、直径13.5m。それでも柱が要らない。とにかく、空間が広い。しかも、組み立てはプロの人がいなくても2日くらいで出来てしまう。

___ドームハウスの建築は、受注でなさっているのですか?

 ここ7〜8年は、多い時で年間10棟くらい建築しました。
 昨年は、横浜で学童保育の為の建物を手がけました。直径10mのサッカードームで、正五角形と正六角形のパネルを組み合わせたタイプです。2棟を隣接させて、キッチンやトイレやバスなど家としての機能は片側につくって、もう片側は子どもたちのスペースとして広く空間をとりました。中はどんな区切りにも出来ます。中二階がつくれるほどの高さがありますが、ここではあえてワンルームで使っています。

___広い空間がつくれるだけでなく、天井が高いですね。

 天井が高いのは気持ち良いですよ!
 国産でドームハウスを組み立てているのは、僕ともう一人九州でやっておられる方と、二人だけなんです。大手の建築会社でアメリカからの輸入物を扱っているところがありますが、輸入物は価格が高いこととサイズが大雑把なものしかないのですが、ウチはバリエーションもあって細かいことも出来るし、しかも安く組み立てることが出来ます。競合になれば負けない自身があります。
 ただ、なかなか良さを分かってもらえなくて、まだまだ需要が低いです。

___何がドームハウスの普及を阻んでいるのでしょう?

 やはり土地が狭いので、四角い土地に丸いドームを作る余裕がないのでしょう。四隅が余ってしまいますから。
 四角い土地に対応したドームのアイデアも持っているのですが、今は開発途上です。効率が良いとか丈夫だとか、それが全てではないですし、皆さんが四角い建物に慣れてしまっていることは大きいですね。

___四角いドーム?

 肉まんを二人で分けて食べる時のように、ドームを直角に分割するんです。意匠登録までは済んだので、これからそれを提案して行こうと思っています。ドームの一番の良さは開放感ですから、四角い家でも皆が集う部分はドームにしたらいかがですか、という提案です。

___ということは、やはり先進的な意識を持ってらっしゃる方に限られてしまう?

 そうですね。
 ですから、ログハウスとドームハウスとで迷ったり、途中で止めたりする方はほとんどいません。



___ドーム建築の普及のためのキャンペーンもなさっているのでしょうか?

 『メビウスの卵展』というイベントに参加してやっていたのですが、主催する自治体の予算の都合で一昨年になくなってしまいました。10年ほど続いた恒例のイベントだったのですが、残念です。建築ではないのですが、段ボールで模型をつくるようなワークショップでした。

___ドームの中に入ってみたいです!

 「これだったら孫が来てくれる」と言ってブランコを取り付けた施主さんもいらっしゃいます。(笑)

___なるほど! この空間ならそういうことをしたくなります!

 フリークライミングをなさっている方は、内側に上までフックを付けて登れるようにしたそうです。京都にはライブハウスにしている所があるようです。

___音響効果も良いんですね。

 そのままでは反射し過ぎてしまうのですが、それを吸音材などで少し遮れば面白いですね。アコースティックな小さい楽器のソロ演奏には向いています。独特な反響を利用して、両端で掛け合いの演奏をするのも面白い演出ですし、周囲の壁沿いに客席を置いて中央でパフォーマンスをする設営も良いですね。但し、大音量の演奏には向かないです。

___今仕掛けてらっしゃる展開はないのですか?

 いろいろ構想はあります。
 「フラードーム」は、世界的にみるとアメリカ・日本・カナダ・オーストラリアに集中していて、アジアや旧共産圏には無いんですね。なぜ普及していないかを調べるところまでは行っていないのですが、むしろ日本よりドームに向く風土があると思うんです。だから、僕はそっちへ行ってみたい。

___なるほど。土地はあるし、かえって環境が過酷な場所の方が威力を発揮する。

 実は、縁があってインドネシアへ行く予定だったんですが、津波があって話も流れてしまった。復興の支援も考えたんですが、ツテが無かったことと、準備が足りなかった。
 パオのドーム版なども考えていますが、今は設計段階です。


20:00:00 | milkyshadows | |