Archive for 15 July 2007
15 July
人が集う里山
「山田村」
___この辺は「山田村」と言う土地なんですね。
正式には「山田村」という名前は無いんです。昔、この辺の里山が「山田」と呼ばれていました。
___こちらからは遺跡が出たそうですね。
昭和9年にウチの敷地内から縄文晩期の土偶が出土したんです。名前は無いのですが「容器型土偶」と呼ばれていて、中に骨が入っていたんです。国の重要文化財に指定されています。今は金庫に眠っちゃっているので、これを何とか皆さんが見れるように展示したいと思っています。
縄文ファンにとってはとにかく価値のあるもので、国の代表としてルーブル美術館や万博で展示されたりしたのですが、この土偶がここにあれば、ここから出たという事が全国から来た人に分かる。
5〜6年前には、昭和女子大学のチームがこの近辺をさらに発掘したんです。そうしたら、弥生期の炭化した米が出た。
___ということは、ここで稲作が行われていた。
そうなんです。2500年程前、縄文から弥生の境の時期。それが、関東地方では最も古いとされています。
___その頃からここには集落があった。
そういうことだと思うんです。だから、この里山は非常に古い村であった、と。
そして、黒曜石も出て来ていて、神津島とも古くから交流が行われていた。
ただ、そうしたことを、この辺の人たちはあまり知らない。
人が集う
___では、7月28日の『山田村夏祭り』はそれをふまえた企画なんですね。
そうです。
ウチの農園は今年3年目で、最初は、「無農薬・無化学肥料」という自分のこだわりを追求したくて始まったんですが、何故か開墾している頃から「人が集える場」になって、さらに開園してからは、周りの方の反応を感じて、それがこの村の「個性」や「歴史」に僕が目を向けるキッカケになったんです。
そうしたコンセプトが明確になって来たというのが、今の状況です。
あと石釜を今年作ったんですが、この里山で穫れた小麦やブルーベリーでパンやピザを焼くということで、今後の村を表現できればと考えています。薪も豊富にあるので。
___古代の人たちも、そうして火を使っていたんでしょうか?
石釜は無かったでしょうが、薪を使ってやっていたと思います。
石釜は、農園独自の個性として、私が作りました。今後は自分で栽培した地粉を使って出来れば良いのですが。
ブルーベリーガーデン旭
___ブルーベリーは無農薬・無化学肥料で栽培してらっしゃる。
無農薬というのはあると思うのですが、無肥料というのはあまり聞かないですね。生育にはバラツキが出ますが、それに肥料を与えて大きくしようという考えは無いんです。
「自然農法」ということに感銘を受けて、それでやっています。
___ブルーベリーをお作りになってどのくらいになるんですか?
この秋で、植えてから6年になります。
___その前は、ここはどういう土地だったんでしょう?
祖父の代は、専業のみかん農家でした。それが暴落してしまって、父は農業をやらずにサラリーマンになって、みかんを切って杉を植えたんです。
とりあえず杉にしてしまったけれど、それを販売する計画も無かったようで、そのままあまり管理されずに、20年間ここは杉山だったんです。
僕も農業をやるつもりはなかったんですが、いろいろな流れで、杉を切ってブルーベリーの畑にしました。
当たり前すぎて、気づかない
___「流れ」とおっしゃいますと?
もともと絵と音楽が好きで、油絵を志したんですが、美大に落ちたり体調を崩したりして、それで自分の住んでいる土地の豊かさに気づいたんです。
___では「農園」ではなくて「アトリエ」という発想もお有りだったのでは?
そうなんです。だから、農園でコンサートとか、農業と芸術の融合という考えで進んで来たんです。そのときに、この「村」というものの興味を探っていくと、見過ごしていた歴史に気づいたんです。
やはり自分にとっては、ウチから出た土偶ですし、当たり前過ぎてボヤケていたんですが、去年の農園祭で土偶の見学会をやったら、かなり皆さん衝撃を受けて、そうした周りの人たちの感動やお話を聞いて、「あぁ面白い土地だったんだ」と思うようになりました。
___なるほど。生まれ育ってしまうと有難味がない。。
そうなんですよね。
絵を志して半年くらい都会で暮らしていたんですが、緑の無い中であまりに息苦しくて、こちらへ戻って来てスゴく「気」があることに吃驚してしまいました。
ずっと住んでいると当たり前過ぎて感じないんですが、外へ出てみると自分の住んでいる所の「気」を感じるんですね。
里山
___今日は曇っていますが、ここの空気は豊かで濃いですね。久しぶりに土の道を歩いてここまで来ましたが、土が柔らかくてフワフワしていました。
うん、やはり自然の生態系が生きているんでしょうね。
公園などの土は、草を排除して踏み固められていますが、今歩いて来た雑木林や畑の中は、草の根が土を耕して、虫も生きているし。
___里山に見える風景というものは全部人間の手が入っている、ということを読んだことがあります。
そうですね。特に水田や雑木林。ウチの雑木林も、人の手が入らないと竹が覆ってしまって歩けなくなってしまう。
雑木林の心地よい空間は、人が落ち葉掻きをしたり下草を刈ったりして管理をしている。20年毎に木を切ったり、下草を掻いて堆肥にしたり、人の手が入って里山の環境が保たれていた。
___じゃぁ、ここから見える風景は、まだ自然と人との交流がなされている。
まだ辛うじて皆さん水田をやってますから、美しい風景がずっと続いてくれれば良いですね。
___20年間放置された杉林から畑に戻すには、苦労が大きかったのでは?
最初は、切らなくちゃいけないということで、チェーンソーで。何百本あったんですかねぇ、、(笑)
その時は、私自身、自然の生態系を活かした「自然農法」という理想はあっても、実際に何を栽培するかというのは頭に無かったんです。ただ切っていた。(笑)
そうしたら、今まで真っ暗だったのが広がってきて、だんだんこの景観が広がってきたんです。それで、切っている途中もいろいろな人を招いてお見せしたら、皆さん喜んで、ずっと一日居たりするんです。
それで、「無農薬」ということもありながら「人が来れる所」にしたい、という2つが芽生えたんです。そうしてブルーベリーの摘み取り園ということになったんです。
(つづく)